私の二人目の娘は自閉症です。

 

 私は、大学で心理学の障害臨床を専攻していたため、障害児について全くの素人ではありませんでした。そのため、一歳になった頃には障害を確信し、つまり早期発見していたのですが、早期療育についてははがゆいほどうまくいきませんでした。市の教育相談に行っても、「様子を見ましょう」「療育施設に空きがない」とのことで、月に一度の、市が行っている集団療育のクラブを紹介されたのですが、それは実際には、保育に毛が生えた程度のリトミック中心のプログラムで、子どもは楽しそうでしたが、親は焦るばかり。

 発達障害の子供には、なるべく早い月齢から、一対一の個別の指導が有効である、という研究報告はアメリカでは常識になっているほどです。

 わかっているのに、それ(個別指導)をしてもらえる教室なり施設なりを、見つけることができませんでした。自分でやるしかないな、と奮起し、独学でABA(応用行動分析)を勉強し、講習会などにも参加しつつ、家庭で母(私)との一対一体制で、毎日30分~1時間ほど、ABAをやり始めました。

今まで無発語だった娘が、やり始めて一週間で「かして」と言いました。

 それから、毎日やればやるほどに、やっただけ、出来ることが増えていく娘をみて、「やってよかった。でももっと早くにやっていればよかった。」と思いました。

 親はどうしても、後手後手に回ってしまいます。

 手探りでやっていた当時は、私のセラピーもうまくなく、効率の悪いことをしていたのではないか、今の自分であれば、もっともっと伸ばせたのじゃないだろうかと、悔しい思いもあります。

いつ出るかわからない言葉を、待っている時間はありません。

 ABAは、待たないで、どんどん教えていくやり方です。早くから適切な要求の方法を知っているだけで、かんしゃくやパニックなどを防ぐ手立てにもなります。

 個別の適切な指導は、早ければ早いほど、子どもは確実に伸びます。

  

娘は、二歳三カ月位まで、ほぼ意味のある発語は出ませんでした。

ABAをはじめてから、目合わせ、指さし、マッチング、動作模倣、音声指示、物の命題、動詞、二語文、空間認知、文字、数・・・と、取り組んだ課題は、少しずつ段階を踏みながら確実にクリアしていきました。一日30分~1時間くらいを、三年半続けてきました。

一年で、知能指数的にはとても上がりました。

ABAは、無理やりやらせるのではなく、強化子とよばれるごほうび(おもちゃや、時にはお菓子、高い高いなどの身体的な遊び)をはげみに、本人の意思で課題に取り組めるようにします。次第に、強化子は、「わかる!楽しい!」という達成感に変わっていきます。そのため、机に座っての『お勉強』が自然に好きになっていきます。

なので、娘に関していえば、学習態勢(コンプライアンス)がとれて、机上で意欲的に課題に取り組めるようになりました。それは、これから訪れる学校生活にもとても役立つことであるし、新しいことを学ぶということにおいても、重要なことだと思います。

 

  ABAとは、行動主義の考えから生まれたものです。

 人間の行動は、A(先行刺激)B(行動)C(結果)という3つの要素から成り立っています。子どもがB(行動)したときにC(結果)が子どもにとって良いものであればその行動は増え、嫌なものであればその行動は減少します。

 不適応行動が起こった場合、A(先行刺激)とC(結果)を変化させることによって、不適応行動を望ましい方向に変化させることができます。

 この考え方で、問題行動を速やかに改善させることが可能です。

 (娘の場合は、大体三日から五日で問題行動は消去できました。今のところ、かんしゃくやこだわりなどの問題行動はありません。勿論個人差があると思いますが)

 

 私が、親として娘の療育に携わってきて、今度は他人のお子さんの療育に関わりたいと考えるようになったのには理由があります。

 早期療育に対して、行政に求めたにもかかわらず受け皿を見つけられなかった経験から、少しでも早期療育のお役にたちたいと思ったことと、もう一つは、早期に適切な療育を受けると必ず伸びるということをリアルに知ってしまったからです。

 決して待たないで欲しい、早ければ早いほど、効果が大きく出ます。

「ようすをみましょう」という言葉に悶々とするよりは、出来るだけのことをやってみたほうがいいと、私は思います。

 

 そして、一人きりで悩んでいる時間も、とてもつらいものです。

 一緒にお子さんの状態を考え、お子さんが出来ることを一緒に増やしていき、一緒に喜びも悲しみも分かち合える、そんなセラピーが出来ればと考えています。